表現者になれ!

書かなければ残らない

Drive

6月2日、何がきっかけだったのかはわからない。何かの薬のせいなのか、病気に対する識閾下の不安や不満が爆発したのか。

その日、朝起きてから、何をしても楽しくなかった。

何をすることも無価値で馬鹿馬鹿しく思えた。
 

今まで、高熱やひどい痛みで、生きることが苦痛に感じたことは何度かあった。でも、熱が下がれば、痛みが引けばすぐに忘れて「生きていて楽しい」と思うことができた。単純だなあ、馬鹿だなあと思う一方で、幸せでもあった。

けれども、今回ばかりはどうにも話が違うようだった。

自覚する限り、副作用は概ね引いていた。熱が下がり血球も回復してきて、先生と「そろそろ一時退院できそうやね」なんて話をしていたくらいだった。

身体は辛くないのに、心だけが勝手にどんどん辛くなって、例えようのないひたすらの暗闇に自分を引きずり込んでいく。出口は見えなかった。

 

悲しさや辛さを認めるのは苦手だ。認めてしまったら立ち向かうしかなくなってしまうから、大したことないと言い聞かせて、それらが過ぎ去るのを待つほうが楽だった。事実、大したことはないのかもしれない。ともかく終わればそれでいい。

苦しみを乗り越えた先の人生に魅力を感じていた。生きていることに魅力を感じていたから、生きてきた。23年と4ヶ月の間、一度も揺らいだことはない思いだった。

 

しかし、6月2日の僕は、生きることへの執着心をすっかり失っていた。

苦しみを産む「生」よりも、プラスマイナスゼロの無の境地である「死」のほうが、遥かに魅力的に思えてきてならなかった。

自分で自分を奮い立たせることはもちろん、頑張っている人の姿とか、楽しんでいる人の笑顔に、元気をもらうこともできなかった。そういう「生きたい人たち」と僕の間には、厚いガラスの壁があった。姿は見えるけれど、声は届かない。

「生きたいと思えるなんて幸せですね。僕はもう…」

 

固く閉ざされた病室の窓と、その鍵をぼんやりと眺めた。

 


 

「今日、電話してもいいですか」

母宛のLINEに打ち込んで、送信せずに消去する。14時、15時、16時、17時。1時間おきに繰り返した。

把握できない今の自分が母に何を言い出すのかもわからなかったし、電話するということはこの辛さを認めるということでもあった。どちらも恐怖だった。どうしても送れなかった。

 

また窓を見た。

夕闇が迫っていた。空の青が降りてきて、街を青く染めていけば、まもなく本当の闇が訪れる。

そうなってしまっては、二度と戻ってこられない気がして、18時にやっと母にLINEを送って電話の約束をした。

母はすぐに応じてくれた。

 

「何をしても楽しくなくなった」

電話口でそう言葉にすると、勝手に涙が溢れて止まらなくなった。

 

電球の切れた暗い電話コーナーで、ひたすら泣いた。

母はただ黙って、僕が泣き止むのを待ってくれた。

 


 

「家に帰ったあと、泣きながら写真を探したよ」。昨年10月に僕が白血病だとわかったときの話を母はしてくれた。

その当時から今まで、母は一度も、一滴の涙も僕に見せたことはなかったから、少し驚いた。

 

写真。

確かに、入院の翌週に母は、小さい頃の僕と父や母の写真が入った、小さなアルバムを持ってきてくれた。

母はどんな想いであのアルバムを持ってきてくれたのだろう。アルバムのことを思い出す。

 

ベッドで眠る0歳の僕の写真があった。割と髪が薄い赤ちゃんだったので「はげちゃびん」と呼ばれていたらしい。髪が抜けた今の姿は、父や母にとって昔を思い出させるのだろうか。

公園の遊具で父と並んで遊んでいる写真もあった。小さな遊具に座って笑う父のほうが、僕よりも楽しそうだったな。

 

幸せな家族の姿がそこにあった。

間違いなく僕は愛されていた。生きることを望まれていた。もちろん、今も。

母が流した涙の意味を考えた。

 


 

電話を切った後、また病室で泣いた。

しかしもう悲しみの涙ではなかった。「こんなにも愛されて生きている」ということを幸せに思えたから流した、嬉し涙だった。

 

悲し涙と嬉し涙が視界の靄を取ってくれた。闇の出口が見えるようになった。いつも通りとはいかないまでも、決意だけはすることができた。

 

生きよう。僕が生きていることを幸せに思う人たちのために。

 

その夜、一気に歌詞を書き上げた。

"Drive"というタイトルもその日に決めた。

また旅をしよう。いきたいところに行こう。

 

Drive

作詞 / 作曲 / 編曲:C7

soundcloud.com

いっそ出かけないほうが 幸せだったと思えるほどに

ひどく泥濘んだ悪路でも 進まなきゃいけないのは

きっと 幸せな旅路を 願ってくれる人たちを

裏切りたくないから 悲しませたくないから

 

車を走らせよう 旅は続く

外を見よう せっかくの景色さ

フロントガラスが曇った時は 熱い涙を流し曇りを取ろう

熱い涙を流し曇りを取ろう

 

どうしても前が見えないときは

車を停めて 仲間たちの顔見て話そう

強く優しい追い風が吹いたら また…

 

車を走らせよう 旅は続く

外を見よう せっかくの景色さ

フロントガラスが曇った時は 熱い涙を流し曇りを取ろう

熱い涙を流し曇りを取ろう

 

La La La ...

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(2019年9月8日 追記)

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