「ひとモノガタリ」に出演して
およそ1ヶ月前、9月16日の夕方、僕は病院のテレビの前で舞い上がっていた。
端的に言えば、自分がテレビに映るからだった。
3ヶ月前、NHKのドキュメンタリー番組シリーズにおいて、白血病を題材にした作品を作るという話をもらい、主人公なる患者の知り合いとして、NHKから2度にわたって取材を受けた。
タイトルは「“がんになって良かった”と言いたい~京大生のSNS闘病記~」。
「がんになって良かった」
自分がこの言葉に触れたのは、今年の1月、番組の主役である京大生の彼が、Yahoo!ニュースに載っているのを目にしたときだった。
「がんになってよかった」ブログつづる京大生 共感呼ぶ闘病記|社会|地域のニュース|京都新聞
がんという病苦を肯定するインパクトある言葉について、はじめから特に否定的に捉えることはなかった。それは彼の過ごしてきた日々を俯瞰的に理解する機会があったからだと思う。その機会とは、共に入院した日々(といっても会話したのは僅かだが)もそうだが、彼が闘病記と別に書いている、「ヨシナシゴトの捌け口」というエッセイブログが一番大きかった。
番組ではこちらについては触れられていないが、彼に興味を持ったのなら、ぜひ読んでほしい。
特に以下の2記事をお勧めする。
激痛、高熱、倦怠感、食欲不振、孤独感…。様々な苦痛に毎日ただ耐える日々。彼が心身ともに強い痛みを経験し、様々なものを失ってきたきたことがわかる。妊孕能、すなわち子供を作る力も彼は今持っていない。
明るくユーモアあふれる闘病記では見えない、彼の葛藤や苦難、その中で見つけた光、してきた決断がこのブログには書かれている。
当たり前だが、がんになって全てが良かったわけではないのだ。多くの犠牲の上に今がある。
それでも、表現しながら前向きに生きることを選択する姿勢が、がんになる前と比べて、彼とその周りを豊かにしていた。
度重なるがんと辛い移植を経た者の発する「がんになって良かった」という言葉の重みを考えて、 この人のように、逆境の中でもひたすらに強く生きたいと思ったことを覚えている。
さて、放映の感想として触れたメッセージの多くは、中立的もしくは肯定的なものだった。
「病に負けたくないから出てきた言葉」「がんになって、悪いことばかりではない」「共感する部分があった」「『良かった』と言い切れるかはわからないけど『ならなければ良かった』とも思わない」
この言葉を、一人のがん患者が感じた「気持ち」として素直に捉えてくださる方がたくさんいることに、僕はほっとした。
「がんになって良かった」と、「がんになって良かったね」。
1文字付け加えるだけで、メッセージを向ける先がまるっきり変わってしまうのが、日本語の恐ろしいところだ。
前者は内向的で、後者は外向的である。
「がんになって良かった」という言葉は、常に内向的でなければならない。100人いれば100通りのがんとの向き合い方があって、○も×もないのだ。これは、「感想」なのだ。ほかの人の生き様に当てはめて判断できるようなものではない。
出演した自分に対して、複数の知り合いが、「立派だったよ」という言葉をくれた。素直に嬉しかった。
「(番組は)生きる意味を考えたり、病気の事を皆に知ってもらう貴重な機会だ
一方で、最も厳しく、考えさせられた意見も、近しい人から寄せられた。
「ガンになってよかった」と言った山口君は今を生きていて、「ガンになってよかったなんていえない」と言った青田さんはもういない。
その対比が、ガンになっても、そうなって良かったと思えるようにポジティブに前向きに生きろという編集者のメッセージにボクは聞こえてならなかった。
でも、そんな簡単な話じゃないじゃん。
ひとの性分ってそう簡単に変えられるわけじゃない。
編集者の真意は不明だけど、そこだけはどうしても、辛くてやるせない気持ちにならざるを得ませんでした。
(友達がくれた感想文より抜粋)
生と死の対比と、「がんになって良かった」と「そうは思えない」の対比。それが生み出すメッセージ性。
ディレクターをはじめとする番組スタッフと直接関わってきた僕には、欠けていた視点だった。
別にドキュメンタリー番組の構成の論評をしたいわけではないので、ここでは番組の「映し方」については深く触れないが、上記の友人の感想と彼の持つ死生観に僕は、自らの人生観について、もう一度考えさせられることになった。これについてはいずれ語る機会があるかもしれないが、まだ一通りの結論は出ていない。
ただ1点だけはっきり否定しておきたいことがある。それは、「青田さんは、取材対象者の中から、亡くなったことを理由として、(対比的構成のために)番組に取り上げられたのではないか?」という疑念に関してだ。
そもそも、取材を受けていたのは番組に出てきた3人だけだ。
そして、青田さんがなくなることは誰にとっても予想外だった。番組制作も終盤に差し掛かった時、突如として訃報が届いたのだ。亡くなったから取り上げたということは断じてない。
予期せぬ死に、スタッフも僕もみんな悩んだ。どう取り上げるのか、そもそも取り上げないほうが良いのか…?最終的にとった「取り上げる」という選択そのものに、僕は間違いはなかったと思っている。
触れた感想の中には、青田さんが亡くなったことへの悲しみを中心に書かれたものがたくさんあった。
死は言うまでもなく悲しく、辛い別れである。もちろんそれはわかっている。だけど、彼女が伝えたかったのは、「白血病は死に至る辛い病気だよ」というメッセージだけではないはずだ。
以下は、旦那さんによるツイートで知った、青田さん(チヨ子さん)自身の言葉である。
もし自分が死んだとしても、今まで描いた漫画を通して、少しでも多くの人に白血病という病のことを知ってほしい、自分が力強く生きたことを覚えておいてほしい
彼女が漫画を通して伝えたかったのは、「白血病になって、辛いことや怖いこと、失ったものは数え切れないくらいある。でも、こんなに明るい仲間に囲まれて、なんとか光を目指して生きられたのも本当だよ」というメッセージだと、僕は受け取った。
死という強いイベントがそれまでの生を覆い隠してしまうのはとても悔しい。彼女は強く生きたし、彼女の漫画はこれからも生き続けるのだから。
番組を通して得た繋がりについて触れたい。
やはり公共放送の力は大きく、中学・高校時代のクラスメイト複数人から連絡をもらって、電話したり、実際に会ったりした。新しい同窓会の約束もできた。
曲を通してネット上での繋がりも増えるかと意気込んでいたが、番組の放映直前、「曲を紹介できる尺が確保できそうにない」という連絡を受けた。しょうがないことだとは思いつつも、結構落ち込んだ。
それと時をほぼ同じくして、偶然、星野さんという作曲家とTwitterを通じて出会った。
きっかけは誰かがリツイートしたこのツイートだった。
「空へ」E♭major
— 星野希望(ほしののぞみ) (@hoshinonozomimi) 2019年9月13日
私、難病 #脳脊髄液減少症
で寝たきりなのですが、昨年病状が芳しくなく、天国に行きたい😇と思ったのです。
そんな時、空から舞い降りてきた曲です。🌈
この曲にたくさん慰められて、心救われました。✨💓
今、辛い思いや苦しい思いをされている方の心にこの曲が届きますように☺️ pic.twitter.com/9tYixfu3wM
何の気もなしに再生ボタンをタップした。
何と言えば適切なのかわからないが、とても暖かくて、勝手に涙が流れた。「胸に沁みる曲で、一聴して大好きになりました」とメッセージを送った。
件のドキュメンタリー番組が放映されて程なく、星野さんがブログで僕のことを取り上げてくれた。
C7さんも、作詞作曲をされるそうで、早速拝聴させていただきました。病院の中で作詞作曲を始められたそうです。とても優しい音色の素敵な曲です。
歌詞にも思いが詰まっています。「生きた証を残すんだ」に、「そうだ!私も生きた証を残すんだ!」と心の中で大いに賛同しました。ぜひたくさんの方に聴いていただきたいです。そして、これからも素敵な音楽を楽しみにさせてください。
こんなにちゃんと自分の曲に向き合ってくれた人は初めてで、飛び上がるほどに嬉しかった。
そのあと、電話で「作曲あるある」を語り合ったりした。初めての電話で緊張したけれど、気づけば1時間も話していた。イメージ通りの、優しい声の方だった。
また、10月14日に、僕が最初に作った曲「今を生きる僕たちは」の野外演奏動画をダイレクトメッセージ*1でプレゼントしてくれた。何度も聴いて覚えてくれたらしい。曲を気に入ってくれたことはもちろん、部屋の中で閉じていた僕の曲を、外の世界に羽ばたかせてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
星野さんは1日に10秒しか起き上がることができない。そして日夜、頭痛や吐気と闘っている。それがどんな世界なのか、共感することはできないけれど、そのような中でも曲を作り、たくさんの人を励ましている星野さんに、僕はいつも勇気をもらっている。
「がんになって良かった」か?
正直に言えば、まだわからない。
その最大の理由は、退院していわゆる「日常」が戻ってきた時に感じる喪失感や焦燥感が、想像できないからだ。それ以前に、僕の場合は退院後も1年以上にわたって抗がん剤(基本的には内服薬)が続くわけで、日常生活が戻るのかという不安もある。「退院してからのが心配ごと多いかも」と言っていた、とある先輩患者の言葉が忘れられない。
ただ、「がんになって良かった」という言葉に出会えたということは、現時点で既に良かったと断言できる。その言葉が患者をはじめとして多くの人に届き、生き方について考えさせたことも、僕は良かったと思っている。
出演して良かった。また一つ、生きる意味の答えに近づいたように思う。